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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1397号 判決 1976年11月11日

控訴人(被申請人) 都タクシー株式会社

被控訴人(申請人) 細見勇夫外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人らは、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一、当審に於ける主張

双方の主張は、それぞれ別紙のとおりである。

二、当審で提出された証拠<省略>

理由

一、原判決記載申請の理由第1、2項の各事実は当事者間に争いがない。

二、ところで被控訴人らが被保全権利として主張する賃金債権の額は、旧協定(引用した原判決事実欄記載で言うもの)に基き算定したものであるところ、控訴人は、旧協定は失効した旨抗弁するので、これについて考察する。

1  成立に争いのない疎甲第一号証によれば、昭和四六年七月一二日に結ばれた旧協定には有効期限の定めの記載がないことが認められ、そして他に右協定に有効期間の定めがあつたことを認めうる疎明はない。

2  そして控訴人が昭和四六年一一月一七日全目交都タクシー労働組合(以下単に組合という。)に対し記名押印した文書で昭和四七年二月二〇日限り右協定を解約する旨の予告をしたことは当事者間に争いがない。

3  そうすれば右協定は解約により昭和四七年二月二〇日限り失効したものと言わねばならない。

4  被控訴人は新しい賃金に関する労働協約が締結されるまでの間、旧協定は有効に存続するとの労働慣行があるから、右協定は期間の定めがあることになると主張するが、賃金については、従来組合と控訴人との労働協約を以て定めて来たところであり、その協約を逐次改定してきたことは後述のとおりであるが、新協約が締結されるに至るまで、旧協約中に期間について明示の定めがなくとも、旧協約を存続せしめる(その間解約を許さない)との労働慣行が成立していることを認めうる疎明は存在しないし、また控訴人のなした前記解約を権利濫用とすることも当らない。従つて旧協約に基く被控訴人らの被保全権利の主張は認められない。

三、被控訴人らは、更に旧協定が解約されても、旧協定中の賃金等に関する部分は、労働契約の内容となつて、尚存続していると主張する。

1  労働協約の失効後の労働条件は、これと異なる労働条件の定めが設定されない限り、失効した労働協約の基準的効力により修正されていた状態の労働契約によるものと解することが合理的であり当事者の意思にも合致するものと考えられる。従つて、本件に於て旧協定が失効しても、失効時に適用されていた労働条件によるべきものと言うことができる。

2  そこで旧協定の定める内容について考察する。前出疎甲第一号証、成立に争いのない同第五号証の一ないし三、同第一三号証、同第二九号証、疎乙第八、九号証、証人東前良一の証言(原審)により成立の認められる疎甲第七号証、同第九号証の一ないし九、本件口頭弁論の全趣旨により成立の認められる疎乙第一、二号証の各一、二、同第三、四号証、同第五号証の一、二、同第六、七号証、証人水流添金夫の証言(原審第一、二回及び当審)により成立の認められる疎乙第一一号証、証人水流添金夫の右証言に弁論の全趣旨を総合すれば、次のことが認められる。

京都地域に於けるタクシー業者の従業員である運転手に対する給与の体系においては、確定額を以て定める基本給の外に、一ケ月の稼働の水揚高について一定の水揚高(足切額という)を超えたときは、その超えた額に対して所定の率を乗じて得た金額を歩合給(能率給ともいう)として支給することとし、給与は稼働の多寡を反映せしめるのが合理的であるとして、主として給与の中心は歩合給に置かれてきたが、歩合給を中心とする給与制度は、反面固定給を低額に抑え運転手を過重労働に追いやる弊害を伴うので、運転手の生活保証のため給与のうち固定給の占める割合を増大し、歩合給と固定給との間に合理的なバランスをとることが行政指導と相俟つて労使双方の課題とされてきた。そしてこのことは毎年の春斗その他労使間の団体交渉の折に問題とされ、京都に於けるタクシー業者中の多数とそれに対応する他数労働組合との間での統一交渉或いは企業別の個々の団体交渉妥結の結果を賃金協定として労働協約を締結して給与の改定を行つてきた。控訴人会社に於ても組合との交渉により昭和三八年六月二八日(統一交渉を通じて)能率給(歩合給のこと)の足切額を九万円とし、これを超える水揚高に対してその額に応じ最低一・七八%より順次高率の歩合給を定め、更に昭和四三年四月二一日、昭和四四年四月二一日、昭和四五年五月二一日の各日より施行した賃金についてもそれぞれ協約し、順次固定基本給の引上げと歩合給についてその足切額と歩率の改訂を重ねてきて、本件の旧協定(昭和四六年七月二一日より実施)を結ぶに至つたのである。そしてその間昭和三八年一月一五日、昭和四五年一月一日に各タクシー料金の引上げが所管庁より認可され、さらに昭和四七年二月五日からは三二・九%の料金引上が認可された。控訴人と組合間の右逐次の賃金協定による歩合給の定めは、前記のとおり足切額と歩率のみを以てしているが、その間にタクシー料金の改定が行われた場合には、それに応じて水揚高にも変動を生ずるので、このことを考慮して右昭和四三年四月の協定では、タクシー料金の改訂があつたときは改定の日から、歩率を〔協定歩率/(1+(公称値上率×0.7))〕に改定すると定め、昭和四四年四月の協定では、足切額を料金の公称値上率の七〇%に当る率だけ引上げると定め、昭和四五年五月の協定では、これについての特別の定めはせず、現行通りとし、従つて右昭和四四年度と同率の足切額の引上げとする旨定めた。ところが旧協定中には料金改定にそなえての右のような規定がない。しかし昭和四七年二月五日よりの料金改訂を前に各タクシー業者は各労働組合との間で改訂実施時にそなえて団体交渉し、控訴人会社はこれに加わらなかつたが京聯自動車株式会社外一三社は対応する労働組合との間で統一交渉をし、昭和四六年一二月二七日に会社側回答として、料金改定実施日より労使とりきめに基づく新賃金体系が実施される前日まで暫定賃金として「運賃値上げ後の水揚高を次の算式により運賃値上げ以前並みの水揚高に換算して現行賃金体系により計算し」これに暫定手当を加えて支払う旨の提案をし、昭和四七年一月二七日各組合側との合意が成立し暫定賃金に関する協約が成立した。右算式というのは

「運賃値上後の水揚高/(1+x)=旧運賃に換算された水揚高

xは公称値上率に対し、応分の減収を見込んだ実収値上げ率であり、別表記載による。」(別表省略)というのであり、その別表によれば、その実収値上げ率、即ちxを、公称値上率二〇%のときはその八割の一六%、五〇%のときはその七割の三五%としてその間に於て定めている。

以上各認定事実を覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、賃金(固定給ないし歩合給)の賃上げは毎年春斗或いはその時々の団体交渉による労働協約により合意されてきたのであつて、料金改定の実施がなされてもそれによつて生ずる水揚高の上昇分全部をそのまゝ歩合給算定の基礎とするのではなく、足切額の引上げ或は歩合率の改定等をして、料金改訂によつて生ずる会社の収益の増加に伴う賃金の値上げ額は労使の交渉によつて決定するのを京都地区に於けるタクシー業界の慣行としてきたものと見るべきである。

従つて、本件旧協定にはそれ以前の賃金協定の如く料金改定時に際しての特別の定めを文書化したものはないけれども、右協定は従来の慣行に従つて、タクシー料金の改定がなされた場合は、改めて賃金に関する部分を改定する趣旨を合意の上成立したものとみるべきである。

3  それ故、旧協定失効後も、尚存続する旧協定の賃金に関する基準的効力の内容は右認定の通りのものであることは言うまでもないから、歩合給は料金改定後も改定前と同額の足切額と歩合率とを以つて算出すべきものではない。

四、そうすれば、タクシー料金の値上げが実施され、且、旧協定が失効した後である昭和四七年三月度以降も尚従前の足切額や歩率によつて賃金債権が発生するとの前提に立つて、これと原判決別表記載の「新規程に基づく賃金額」(控訴人が昭和四七年二月二一日から実施として定めた就業規則による賃金額)との差額を昭和四七年三月より昭和四九年二月分までに亘つて仮払を求めることは、その被保全権利を欠くもので失当と言わねばならない。

五、以上の次第であるから、その余の判断(因みに、労働契約を修正していた労働協約が失効後に、就業規則によつて右修正を受けた状態の労働条件よりも労働者に有利な労働条件の定めをなすことは、合意の要素を持たない就業規則の性質を考慮に容れても、可能であり、合理性を有するものとしてそれに規範的効力を認むべきものと考える。そして前認定事実よりすれば控訴人主張の就業規則の賃金の定めには合理性なしとは言えない。)を加えるまでもなく、本件仮処分申請は失当であり、原判決は取消しを免れず、本件仮処分申請はいずれも却下すべきである。よつて民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 林義雄 楠賢二)

(別紙)

控訴人の主張

第一、基礎となる法理

原判決は、「労働契約の要素をなす賃金に関する事項について労働協約が存在し、後に右協約が解約された場合には、解約以前に締結された組合員の労働契約については、右協約の内容がすでに個々の労働契約の内容をなすに至つているものとみるべきであるから、解約後も使用者において当該労働者の同意を得ることなく一方的に右内容を変更すること(就業規則による場合を含む)は、いわゆる事情変更の法理の適用をみる場合のほか、その変更が労働者に有利であるか否か、あるいは、合理的な理由があるか否かを問わず、許されないと解するのが相当である(なぜならば、契約当事者の一方が、相手方の同意を要せず、契約内容の要素を変更することは、容易に許されないと解すべきであるからである。なお、最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決(民集第二二巻一三号三四五九頁)は、停年制に関する案件であつて、労働契約の要素をなす事項に関するものではないから、本件事案に適切な判例ではない。)。」

と判示している。

しかしながら、このような考え方は、契約の原理は、法理的にいかなる意味を有するかということについての理解に欠けるものであり、そのため、原判決は、労働法の基盤となる労使関係において、労働契約がいかなる意味をもち、いかなる機能を果しているかについての正当な認識を誤り、とくに就業規則の法的性質と労働契約との関係について、誤つた結論を導き出している。

以下において、その理由を詳述する。

一、労働関係の二元的構造

(一) 債権法的構造

使用者と労働者のあいだの法律関係は、原則として、労働者が使用者に対し、一定の態様で労働することを約し、これに対し、使用者が対価を支払うことを約すること、すなわち、労働契約を締結することによつて発生する。したがつて、労働する態様や対価(これを労働条件という)は、契約によつて決定され、また当事者の合意によつて変更される。また、その法律関係は、労働契約の終了によつて消滅するのが原則である。

この意味で、労働関係は、一の債権関係である。

(二) 組織法的構造

使用者は、労働者を経営のなかに組織づけ、労働力を総合して生産活動を行なうため、(イ)職務の体系と秩序を確立し、(ロ)服務規律と制裁(懲戒)を定め、(ハ)労務管理の施設・制度を整え、(ニ)労働者の配置・職務の割当を行ない、(ホ)業務命令を発し、(ヘ)労働条件を統一的・画一的に決定しようとする。それは、就業規則の制定・施行、業務命令の発令・執行・懲戒の実施という形で行なわれる。

これらは、いずれも使用者がその一方的意思によつて行なおうとするものであるから、形のうえでは、契約の原理とは、相い容れないものである。

しかし、多数の労働者を組織的に使用して生産活動をいとなむ現代の経営においては、前述のごとき方法で、労働者を組織づけ、労働する過程を統一的に管理し、労働条件を統一的・画一的に決定することは、不可欠の要請である。

(三) 労働条件の統一的・画一的決定

とくに、労働条件についてみよう。

多数の労働者を雇い入れ、さまざまの仕事をさせている企業においては、使用者が、雇入に際し、ひとりひとりの労働者とそのつどの待遇を話し合つて決めることは、ほとんど不可能なことであるし、同じような職場で、同じような仕事をしている労働者が多数いるときは、知識(学歴)、技能(職歴)、能率(勤務成績)などを基準にして、その待遇を一律に決めることが、合理的でもあり、公平でもある。それだけではなく、統一されたプランに従つて生産活動を斉一に行なうためには、始業・終業の時刻や休憩時間を画一的に定めるなど、働くための条件をすべての労働者に共通するように決めて、労働する態様を定型化する必要がある。

このような労働者の待遇や働くための条件を労働条件というならば、経営の合理的管理をはかるために、労働条件を統一的・画一的に決定することが必要となり、労働条件は、ここに斉一化され、標準化されることになる。

このような労働条件の統一的・画一的決定は、通常、使用者が就業規則のなかに労働条件その他労働者の待遇の基準を定め、またはこれを変更し、これによつて労働条件を決めるという方法で行なわれる。

ところで、このような方法で労働者が欲すると否とにかかわらず、就業規則によつて労働条件を決めるということは、契約の内容(労働条件)は、当事者の意思の一致によつて決めるという契約の原理に反するように見える。

他方、現代の労働関係において、労働条件を統一的・画一的に決定することの必要と合理性も無視することはできない。

そこで、契約の原理の要請と労働条件の統一的・画一的決定の要請との調和を図らなければならない。そのためには、まず、契約の原理の認められる根拠を掘り下げて検討する必要がある。

二、契約の原理の基礎にあるもの

労働法は、契約の原理を出発点とするものであるが、その原理は、すべての個人は、自由にして平等な人格であり、それゆえ各人が相手方との話合いで決めたことは、両者の利益の均衡点で定められたものとして、公正かつ合理的なものである、という考え方を基礎とする。

これを労使間の契約についてみるならば、使用者は、その営む事業の生産的機能を最も効果的・能率的に実現するという目的を達するために、その資産・資力の許容する限度で、必要かつ十分と考える労働者を雇い入れ、労働組織と労働する態様を定め、また、労働条件を決定しようとする。これに対し、労働者は、人たるに値する生活(健康で文化的な生活)を営むことができる収入・時間・その他の生活条件を確保することを目的として、労働条件や労働する態様などを決定しようとする。このように、労使は、労働条件や労働する態様などの決定につき、相対立する利益をもち、それぞれ自己の利益を主張して交渉・協議すればその利益の均衡点で、労働条件や労働する態様などが決定されるであろう、との構想に基づいて、契約の原理が是認されるのである。

このように、契約は、「労使の利益の均衡点で、労働条件や労働する態様などを定める」という窮極の目的を達するための一つの手段であり、またそれが有効な手段であることには相違ない。

したがつて、右に述べた窮極の目的に適合するかぎり、労働条件や労働する態様などは、必ずしも労使の合意によつてこれを定めることを要せず、また、逆に、労使の合意(契約)にまかせておいたのでは、右の目的を達することができないときは、他に、その目的を達するのに有効な手段・方法を考えなければならないのである。

そうしてみれば、労使の利益の均衡点で、労働条件が決定される限りにおいては、「他の合理的理由」にもとづき、その労働条件の基準が使用者によつて決められた場合においても、これに法的拘束力を認めることは、さしつかえないということができるのである。さきに述べた「労働条件を統一的・画一的に決定する」ということは、右にいう「他の合理的理由」の一つである。

三、就業規則の法規範性

前項で述べたことは、裏をかえしていえば、就業規則に法規範性を認むべきか否かという問題にも帰着する。

(一) 法規範性の根拠

就業規則を一の法的規範と解するか、もしくは契約の内容を定めたものと解するかに、当事者が、就業規則の内容を知りうる状態にある以上、これを知ると否と、また、これを欲すると否とにかかわらず、これによつて規律されると解するのが妥当か(法規説)、その内容を知り、かつ意欲した場合にのみ拘束されると解するのが妥当か(契約説)ということに帰着する。

ところで、就業規則の法的性質をどのように理解するかは、その実態と機能を基礎とし、労働関係の基本的構造や経営権の本質との関連において、労働法の目的にてらし、これをどのように評価するかによつて決定される。

就業規則は、その形成過程からみると、労働条件の決定における使用者の優越性によつて説明することができる(労働支配的要素)。

他方、就業規則は、多数の労働者を使用していとなまれる現代の経営において、労働条件を統一的・画一的に決定するとともに、経営の組織と秩序を形成・維持し、労働する過程で労働者の従うべき共通の規律を定める――とくに労働法や労働協約の一般的規定を経営の具体的事情に即して適用する――という機能を果し、かつそのような内容をもつている(技術的要素)。

就業規則の法規範性を所有権に求める説は、労働支配の要素を肯定したものと解されるが、労働法は、労働支配の排除を目的とするものであるから、この説を採ることはできない。したがつて、上記の技術的要素を基礎として、就業規則の法的性質を構想しなければならない。

ところで、現行法は、就業規則の記載事項を法定するとともに、その作成・変更については労働者の意見をきくことを要件とし(労基法八九・九〇条)、また人たるに値する労働条件を確保するという目的で労働条件の最低基準などを定めた労基法や労働協約に違反する就業規則の効力を否定している(労基法九二条)。この法的規制により、当事者による労使関係の自律(労基法二条)および労働者の生存の保障(労基法一条)という原理は、十分ではないにしても、就業規則に反映されていると考えられる。

このことを前提として、就業規則の法的性質を構想しよう。

(二) 法規範性の内容

労働法の目的が労動者の主体性とくにその生存を確保するとともに、労使の権益の調和をはかるにあることはすでに述べたとおりである。

ところで、経営の組織・秩序を形成・維持し、労働する過程を総合的・統一的に指揮・管理して、業務の正常な運営を確保するためには、労働者が欲すると否とにかかわらず、その行為を規制する一定の規範を必要とするのであるから、これらの事項は、契約に親しまず、したがつて、上記の目的を達するという必要をみたすものであり、しかも労働者の主体性とくにその人たるに値する生活をそこなわれない内容のもの(最高裁判所のいう「合理的なもの」)である場合には、就業規則に労使関係を直接規律する法規範性を認むべきものと考える。

つぎに、労働契約の内容(労働条件)を規定する条項についていえば、労働条件を統一的・画一的に決定・変更することは、労働者の待遇の公正を期するゆえんであるばかりでなく、経営管理を合理的に行なうための一つの要請でもある。したがつて、労働条件の内容が経営の生産的機能を効率的に実現するという使用者の要請と労働者に人たるに値する生活をいとなましめるという労働者の要請との均衡点で定められたものである限り、いいかえれば、その労働条件を決定・変更する経営上(業務上)の必要性と合理的理由があり、しかも労働者の契約によつて確保された利益や生活利益をいちじるしく害しない限度で(業務上の利益と労働者の利益が均衡を失しない限度で)、最高裁判所のいう「合理的なもの」である限り、就業規則に、法規範性とくに労働契約の内容を直接規律する効力を認めるのが、公正かつ合理的であると解する。

四、就業規則の変更と労働契約

(一) 叙上のごとく就業規則には、法規範性を認むべきものであるが、労働契約との関係でなにほどかの制約があることは否定しえない。

これを契約によつて合意された労働条件の変更についていえば、その契約によつて明確に労働者に確保された利益は、それが重要なものである限り、原則として、労働者との合意によつてのみ変更さるべきであるということができる。

ここに一定の利益が「契約により、明確なものとして確保されている」ということは、労働者の意思が積極的に参加して、いいかえれば労働者が契約によつて受ける利益と不利益とを考量し、その裁量に基づいて契約内容を決定し、就業規則の定めいかんにかかわらず、その契約によつて得る生活利益を維持することが、契約上明確にされていることを指す。

このように契約により、明確なものとして労働者の利益が確保されている場合には、これにより労使の利益の均衡点が明確に確定され、維持されているといえるから、法律の規定(たとえば労基法九三条)にてい触しない限り、就業規則の規定いかんにかかわらず、労働契約の定めが、労使を拘束することとなる。

(二) 労働契約の内容は、そうでない場合、とくに労働者の意思が就業規則の定めるところによると解釈されるとか、使用者が就業規則で定めている労働条件等を労働者が受諾して採用された場合(この場合には、労働契約の内容の決定に労働者の意思は積極的に参加していない)、または、労働協約が失効した場合などには、就業規則の法規範的効力が及ぶと解すべきである。

前記最高裁判所判決が、労働条件は就業規則の定めるところによるという事実たる慣習を媒介として、就業規則に法規範性を認めることができると判示しているのはこの法理によつて解明されるであろう。

五、労働協約失効後の労働条件と就業規則の適用

労働者の意思が積極的に参加して、労働者のために明確なものとして一定の生活利益を確保することは、労働協約の締結という方法によつても実現される(現実には、その方法以外で、右の目的を達成することは困難である)。この場合には、個々の労働者の意思は、労働組合の団体意思に総合され、その団体意思が労働協約の締結により、労働者の生活利益を確定的なものとして決定し、かつこれを維持することとなる。

しかし、労働協約により、労働者の生活利益が確定的なものとして維持されるのは、労働協約の有効期間中に限られる。なぜならば、その生活利益を支える労働組合の団体意思は、労働協約を介してその利益を支えうるものだからである。

そうしてみれば、労働協約に定められている労働条件の基準により、組合員の労働条件が決定され、それが労働協約失効後も労働契約の内容として残ると解するとしても、あとは、就業規則と労働契約との関係として、四で述べた法理によつて解決さるべきこととなる。

第二、本件における右法理の展開

一、会社と申請人らとの労働契約

申請人らは、会社と労働契約を締結するに際し、四(一)で述べたような方法で、賃金について、申請人らの積極的な意思参加のもとに、これを確定的なものとして決定するということはせず、その賃金は、労働協約または就業規則の定めによつて決定されていた。

すなわち、被申請人会社が申請人らタクシー運転者を採用しようとする場合には、労働協約または賃金規定を示し、これを受諾した者を従業員として採用しているのであり、賃金の決定について、申請人らと特段の協議・決定をしたという事実は全く存しなかつたのである。

二、タクシーの運賃の決定・変更

(一) 会社の収入の大部分は、タクシー営業による運送料金(運賃)収入である。

その運賃収入は、つぎのごとき諸経費を支出することによつて得られる。

1 比例費

(1) 燃料油脂費

(2) 車両修繕費

2 運送費

(1) 人件費

(2) 車両償却費

(3) 厚生費

(4) その他

3 一般管理費

(1) 人件費

(2) その他

(二) タクシーの運賃は、陸運局長の認可によつて決定・変更されるが、運賃の額は、業者が上記のごとき経費を支出して、適正な利益を得られるように決定される。

(三) そして、社会的・経済的事情の変動により、諸経費が増加し、タクシー業者の大部分が利益をあげ得なくなつた場合に、その時点での諸経費の実績額を基礎とし、将来の推定額を勘案して、タクシー運賃の増額が認可・決定されることになる。

三、運賃の増額と運転者の賃金

(一) 右に述べたように、タクシー運賃が増額されると、運転者の賃金を運賃収入の額(水揚高)に対する一定の割合をもつて算定する方式(歩合給制)をとる場合には、従来の算定方式をそのまま維持するならば、当然のことながら、運転者の賃金収入は増加する。

しかし、タクシーの運賃の増額は、その時点までに高騰している諸経費の実績ないし推定額(そのなかには、人件費として、運転者の賃金も含まれている)を基礎とし、増額申請年度の経費の高騰をみこみ、その高騰によつて失われるタクシー業者の適正な利益を回復するために認められるものである。

そうしてみれば、タクシー運賃の増額によつて、自動的に運転者の賃金収入が増額することになるとすれば、これにより、右運賃増額によつて回復されると予想されていたタクシー業者の利益は、蚕食されることとなる。

かりに、タクシー運転者の賃金は、運賃収入の配分たる性質をもつているとしても、その配分の是正は、毎年いわゆる春闘時に行なわれるベース・アツプという形で行なわれてきたのであつて、前述のごとく、これを一つの前提として、タクシー運賃の増額が行なわれるのであるから、タクシー運賃の増額の際に、運転者の賃金を増加させる必要はなく、そのことは、かえつて不合理なものである。

そこで、タクシー運賃が増額された場合には、運転者の賃金収入を、運賃増額前と略同額で維持するよう、その算定方式を合理的なものに改訂する必要がある。

いわゆる足切額または歩合率の一方もしくは双方の改訂は、このような必要に基づいて行なわれるものである。

(二) 右に述べたところを、数式によつて表示しよう。

タクシー運賃収入、一車一カ月当り A

足切りの額            B

歩合率              C

運転者の収入           S

タクシー運賃の増額率       x

<1> 運転者の収入(固定給部合を除く)

S1=(A-B)×C

<2> 運賃の増額率に比例して運賃収入が増加したとすれば

S2=(Ax-B)×C

したがつて、S2-S1=AC(x-1)

だけ運転者の収入は増加する。

<3> S1=S2とするためには、Cを同じとすれば、

(A-B)×C=〔Ax-By(新足切額)〕×C

としなければならない

<4> これを展開すると

By〔新足切額〕=A(x-1)+B

つまり

A(x-1)=B(y-1)

となるが、

A>Bであるから

(x-1)<(y-1)したがつてx<y

となる。

すなわち、足切額をタクシー運賃の増額率(x)よりも、大きい割合(y)で増額しないと、運転者は、運賃増額の際に、実質的にその賃金が増額する結果となるのである。

四、足切額増額の合理性

(一) ところで、運賃が増額されると、通常は、その直後は、タクシーの利用者が減少し、運賃の増額率と同率で水揚高が増加しないケースが多い。したがつて、前述のyをx以上に決めるときはもとより、yをxと同率としても、S1>S2となるおそれがある。

そこで、このような水揚高の減少を考慮して、

S1=S2になるように、yの値を決めなければならないのであるが、水揚高がどの程度減少するかは、

1 タクシー利用者の数

2 利用者の一回の乗車区間の距離

3 実車率

4 タクシー一車の一日の走行距離

など、複雑な要素の組合せによつて決定される。

京都市地域において、業界が、過去何回かのタクシー料金増額の際の実績をもととし、S1=S2ならしめるため統計的に算出した数値が「(y-1)≒(x-1)×0.7」なのである。

すなわち、タクシー料金の増額率(本件でいえば三二・九%)に七〇%を乗じた率で足切額を増額するならば、タクシー運転者の賃金は、運賃増額前と略同額か、または、これを上廻ることとなるのである。

このことは、乙第一二号証中<1><D>の「能率給対象水揚高」欄と「<D>の水揚高に対する能率給」欄に記載された数額によつて明らかである。

もし、昭和四七年二月二一日の運賃増額の際に足切額を改訂しなかつたとするならば、水揚高が、一四〇、〇〇〇円は超える限り、同日以降各月とも<D>の「能率給対額」は、三二、二四〇円、「<D>の水揚高に対する能率給」は、一三、五四〇円それぞれ増加することとなる。

この数額は、運賃改訂前の歩合給のほぼ五〇%にあたるものである。また、この数値は、基本給四八、〇〇〇円と歩合給を合算した額(平均約一一万円として)を基準としても、一二・三%にあたる。

ところで、昭和四七年二月に認可された運賃増額は、同年度のベース・アツプ率を約五・六%と見込んでのものである。

そうしてみれば、運賃が増額されたにもかかわらず、足切額を従前のとおり維持するとすれば、タクシー運転者は、自動的に事実上一二・三%のベース・アツプを得たことになり、それだけ運賃の原価計算に誤差を生じ、運賃増額によつて会社に確保さるべき適正利益が侵蝕されることとなる。(原告らは、このほかに昭和四七年春闘時に、会社に対しベース・アツプの要求を提示しているのである)。

すなわち、旧タクシー運賃を前提として、会社と申請人らとの利益の均衡点に定められていた賃金は、足切額を変更しない限り、タクシー運賃の増額という外部的事象によつて、労使の利益の均衡圏外に出ることとなるのである。

ここにおいて、運賃増額後、運転者の賃金が労使の利益の均衡圏内で決められるような方法を講じなければならない。

その方法の一つが前記のごとき足切額の増額ということである(その他に、歩合率の切下げなどという方法もある)。

第三、結論

以上述べたように、

1 申請人らは、賃金につき、これに関する利益を確定的なものとして確保したという事実はなく、賃金は、労働協約または賃金規定(就業規則)によつて決定されていた。

2 その労働協約は、昭和四七年二月二〇日限り失効した。

3 申請人らの賃金のうち歩合給の部分(足切額と歩合率)を定めた賃金規定は、タクシー運賃増額の結果、不合理なもの(労使の利益の均衡を破つた)となつたので、足切額の増額という方法で、その不合理を是正して、公正かつ合理的なものとした(労使の利益の均衡が保たれるようにした)のである。

そうしてみれば、右のごとき賃金規定の改訂は、合理的理由を有するものであるから、改訂された賃金規定は、法規範たる効力を有し、これを会社が公示した以上、申請人らが、これに従うことを欲すると否とにかかわらず申請人らの賃金を規律する効力を有するといわなければならない。

被控訴人の主張

一、本件での申請人らの主張の要旨

(一) 労働協約(昭和四六年七月一二日付協定)の破棄は、無効であり、申請人らは右協定に基き賃金請求権を有している。

(二) 仮に労働協約が破棄されたとしても、一旦協約が締結されれば、その規範的部分(賃金に関する事項はその中核である)は、労働契約にとり込まれ、契約内容そのものを形成することゝなる。従つて、そのようにして一旦定められた契約内容は、契約当事者の同意を得ることなく一方的に変更し得ないものであり、このことは契約理論より導かれる当然の帰結である。とりわけ本件では当事者間においてかく認識されてきたことは疑いを入れない。

(三) 百歩譲つて、労働契約の賃金に関する部分の契約条件の変更も、それが合理的なものである限り許されるものと解することができたとしても、本件の変更は、労働者の犠牲のもとに会社のみ収益をあげるシステムになつており、極めて不合理であるから無効である。

以上の点が本件における申請人らの主張の要旨であるが、こゝでは(二)、(三)の点について以下さらに敷延する。

二、労働協約の規範的部分と労働契約

本件では、賃金の定めかたが争点となつているので、労働協約の規範約部分と呼称されるものゝうち、その中核的な存在たる賃金を中心に論じていくことゝしたい。

被申請人会社は、「労働協約は、外部から労働契約を規律するにすぎない」と主張している。その意とするところは、準備書面を精読しても理解し難いが、要するに、協約が失効すれば協約で定められていた労働条件の全てが解消されるという趣旨のようである。しかし、そうだとすると、本件のように協約によつて賃金に関する全ての事項を決めている場合、協約が破棄されると一体労働契約の中味として何が残るというのであろうか。申請人らが入社をした時の労働条件からして、その当時の協約によつて決められてきたのである。そして協約は、新らしい協約の出来るつど解消していつているのである。そして最も近く協約が結ばれたのが昭和四六年七月一二日なのであり、それ以前の協約は全て当事者の合意のもとに失効しているのである。そうだとすると、右協約が破棄され、その破棄が有効だとしたら、しかも破棄されると、その協約内容は労働契約から消え去つてしまうとすると、労働契約は、全く中味を失なつてしまうことゝなるのである。会社は好きなように賃金を決めることが出来るようになつてしまうが、これ程不合理な話もなかろう。

実態は、正しく、その都度の協約によつて、新らたに労働契約の内容が書き変えられてきたのである。その都度賃金が定められてきたのである。その関係は、単に外部から規律をしたというものではなく、明らかに労働契約の内容そのものとなつているものというべきなのである。

本件における協約、すなわち賃金協約は、労働基準法のように最低限を定めるといつたことゝは全く異なり、正しく組合員全部の賃金を定めるところにその本質があるのである。従つて、協約締結時に於て、会社も組合もそれによつて賃金が新らためて決められるという認識のもとに協約を結ぶのであつて、それ以外の何ものでもないのである。本件においてはとりわけこの協定と契約との不可分な関係を注視しなければならないものと思われる。

もう少し敷延すると、申請人らは、自らの労働条件を決めるに当つて、会社と個別に契約内容を定めるのではなく、組合を通して一括して契約内容を定めるという形をとつてきていたのである。そして、これが毎年、毎年の賃金協定=協約という形で締結されてきたのであり、それ以外に労働条件を定める場というものは皆無であつたわけである。このように、賃金協定は、正に労働条件そのものであつて、外的にこれを規律しようというものではなかつたことは明白である。

三、「賃金」と労働契約

会社と労働者とが契約を締結するさい、「賃金をいくらにするのか」という問題は、その契約の中核をなす事項であることは論をまたないであろう。さらに又、賃金についてその画一的、集団処理がいくら進んだとしても、依然として個別的に定めうる内容をはらんだものであることも疑いを容れないのである。こうして、一旦定められた賃金は、明らかに労働契約そのものとなり、これを「画一的、集団的処理」という名目で会社が一方的に書き変えることが許されないことは、契約法理に照らして明らかである。

例えば本件の場合、会社が賃金の内容を一方的に変更することが出来るとする根拠は奈辺に存するというのであろうか。会社はさかんに「就業規則の合理的変更は可能」と主張している。しかし、就業規則より労働契約が有利に定められている場合、契約の方が優先をするのは極めて明らかである。本来、画一的、集団的処理を必らずしも必要としない賃金について、そのような名目で就業規則を改変することによつて賃金に関する契約内容を一方的にぬり変えることは許されない。

もし、このようなことがまかり通るとすれば、労働基準法が定めた「労働条件の労使対等決定の原則」は根底から破壊されるところとなろう。

ちなみに、本件において「賃金」は毎月の「水揚げ高」によつて定められるところとなり、この算定方式が賃金そのものであることは、原審で詳述したところであるので、ここでは触れない。

四、就業規則の改変と労働契約

(一) 被申請人会社は、協約の内容が変更される都度、協約と全く同内容の賃金に関する就業規則を制定してきていた。ところが、本件では、協約破棄に伴ない申請人の同意を得ることなく一方的に就業規則の改変を行なつた。これは初めてのことであつた。

実態に基く正確な判断を為すためには、被申請人会社の就業規則が、労使が、協定を結んだあとで、それの確認的な形で作成されてきたものであつて、決して協約と離れて存在したものではなかつたことの認証は不可欠であろう。従つて、協約によつて塗り変えられた労使契約の内容が、就業規則によつて確認されるにすぎないのであり、就業規則によつて新らたに労働契約の内容が定められてきたのではないのである。

そもそも労働協約によつて新らしい賃金条件が定められ、それが労働契約の内容を為しているにもかゝわらず、そのような労働契約に抵触をする就業規則が効力を有しないことは明白であろう。もともと就業規則は、各人の具体的な賃金の額を定めるようなことまで要求しているのではなく、むしろ具体的な額は、個々の労働契約に於いて決定されるというのが通常の理解であつて、賃金をどうするかというのは、すぐれて労働契約の範疇に属することなのである。

結局のところ就業規則なるものは、法制度上も、会社が一方的に定めることが可能な形式をとつていることからもわかるように、「賃金」という労働契約の根幹的要素を為すものについてまで、これによつて自由自在に為し得るというものではなく、画一的・集団的処理を余儀なくされるものについて、会社に於いて規定することを義務づけたものである。

(二) ところで、被申請人会社は、秋北バス事件の最高裁判決を金科玉条のごとく持ち上げているが、この判決は、少数意見でも指摘されているように契約法理の基本を見失なつた不当なものであることはこれまで多くの論者によつて指摘されてきたところである。その点についての詳述は、ここでは避けるが、この判決は、労働条件の統一的・画一的決定の必要性を指摘したうえで、就業規則によつて労働条件の基準を決定し、その基準に従つて個別的労働契約における労働条件を具体的に決定をするのが実情である。との認識を根底に据えており、しかも、事案そのものが、賃金に関するものではないのであつて、本件のように、正に賃金について、これを具体的に決めているケースについては該てはまらないものというべきであろう。

又、百歩譲つて、「合理的」という基準の導入される余地があるとしても、本件での会社のやり方は運賃改訂による自然増(これは二割~三割の乗り減りが予想される)を、そつくりそのまま会社の懐に入れてしまおうというもので、「歩合給」の制度趣旨、運賃改訂の目的などに鑑みるならば、何らの合理性をも有しないものであることは明らかであり、これも原審で主張したとおりである。

主文

一 被申請人は、申請人細見勇夫に対し金二六万二九九四円、同平岡昭及び同平岡博に対し各金二七万〇八〇〇円をそれぞれ支払え。

二 申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一 申請人ら

主文第一項と同旨。

二 被申請人

本件申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張

一 申請の理由

1 被申請人(以下会社ともいう。)は、一般旅客自動車運送を業とする株式会社であり、申請人細見勇夫は昭和三七年六月二六日、同平岡昭は昭和三二年八月二一日、同平岡博は昭和三五年二月一五日それぞれ会社にタクシー運転手として雇用され、いずれも全自交都タクシー労働組合(以下単に組合という。)の組合員である。

2 昭和四六年七月一二日、組合と会社間において、賃金に関し次の内容を含む労働協約(以下単に旧協定ともいう。)が締結され、申請人らは、右協定に基づいてその賃金の支払を受けていた。

(一) 基本給

月額四万八〇〇〇円。

(二) 出勤奨励手当

所定労働日における出勤日数が二四乗務以上であつたときは、二四乗務以上一乗務につき一〇〇〇円。但し、その月度の所定労働日のすべてを皆勤したときは三〇〇〇円。遅刻、早退、中断が八時間以上あつたときは、八時間毎に一乗務しなかつたものとみなす。

(三) 家族手当

(1) 妻 月額七〇〇円。

(2) 子 月額三〇〇円。但し、一八末満の子二人までとする。

(四) 能率手当

その月度の所定労働日における水揚高が一四万円をこえるときは、こえた分の四二%。

(五) 超過労働賃金、深夜業手当 労基法三七条所定のとおり。

年次有給休暇手当 休暇一日につき平均賃金と同額。

3 申請人らの、昭和四七年三月度から昭和四九年二月度までの各月の水揚高は、別紙(一)ないし(三)の各水揚高欄記載のとおりであり、これに基づいて各申請人が右各月度に受領すべき賃金を右協定によつて計算すると、別紙(一)ないし(三)の各旧協定に基づく賃金額欄記載のとおりである。(申請人昭和四九年三月七日準備書面別表中申請人細見勇夫の昭和四八年一月の「支給されるべき額」に八〇九七二円とあるのは、疎甲四三号証の同欄と対比して八一九七二円の誤記と認める。)

4 ところが、会社は、昭和四六年一一月一七日、組合に対し旧協定を解約する旨予告し、さらに、一方的に就業規則により、新しい賃金規程(以下単に新規程ともいう。)を定め、右規定に基づき、申請人らの前記期間の賃金として、毎月別紙(一)ないし(三)の各新規程に基づく賃金額欄記載の金額しか支払わない。

5 よつて、申請人らは、旧協定に基づく賃金請求権を有するので、右協定に基づく賃金額から新規程に基づき支払われた賃金額を差引くと、昭和四七年三月度から昭和四九年二月度までの間の各月の未払賃金額は、別紙(一)ないし(三)の各未払賃金額欄のとおりとなり、被申請人に対し、なお右各月の未払金額の合計の賃金請求権を有するところ、申請人らは、いずれも被申請人から支払われる賃金のみによつて生活を維持している労働者であつて、近年の急激な物価上昇のおり、右未払賃金の支払いがないまま本案判決の確定を待つていては、その生活上回復しがたい損害を受けるおそれがある。

二 申請の理由に対する被申請人の認否及び抗弁

1 認否

(一) 申請の理由1・2の事実は認める。

(二) 同5の事実は争う。

2 被申請人の抗弁

(一) 旧協定は、有効期間の定めがないところ、被申請人は、昭和四六年一一月一七日、組合に対し、記名押印した文書で、昭和四七年二月二〇日限り右協定を解約する旨の予告をしたので、同日限り右協定は失効した。

(二)(1) そうして、被申請人は、就業規則五四条に基づき、昭和四七年二月二一日から、旧協定中、能率手当の項(第二・一・2・(四))の、「一四万円」の部分を「一七万二二四〇円」と変更し、その余は旧協定と同内容の賃金を支払う旨の新規程を定めた。すなわち、

(2) 京都タクシー業界においては、運賃改訂の際、能率手当の基準となる水揚高の額(以下基準水揚高という。)を、運賃値上率の七〇%高くする労働慣行があり、昭和四六年度における運賃の値上率は三二・九%であるから、これに基づいて計算すると、基準水揚高は、前項記載のとおり「一四万円」から「一七万二二四〇円」に変更されたことになる。

(3) 仮に、右慣行が認められないとしても、運賃の値上により、水揚高が増加するのであるから、基準水揚高を上げても、旧協定に基づき支払われる賃金額よりも、新規程に基づき支払われる運賃額の方が多く、労働者に有利である。

(4) 仮に、新規程が旧協定より、労働者に不利益であるとしても、その内容は、運賃値上に基づくもので、合理的理由がある。

(三) 申請人らは、新規程に基づき算定された賃金を、昭和四七年三月度以降六月度まで、異議なく受領することにより、昭和四七年三月度から右規程の算定方式に基づく賃金によることに同意した。

三 抗弁に対する申請人らの認否及び再抗弁

1 認否

(一) 被申請人の抗弁(一)中、旧協定が有効期間の定めがない点及び旧協定が昭和四七年二月二〇日限り失効したとの点は否認し、その余の事実は認める。旧協定は、労働慣行により、新しい賃金に関する労働協約が締結されるまでの間、有効に存続するものであつて、いわば期間の定めを有するものであつた。

(二) 同(二)・(1)の事実は認める。

(三) 同(二)・(2)ないし(4)の事実は否認。

(四) 同(三)の事実中、申請人らが新規程の算定方式に基づく賃金に同意したとの点は争う。

2 申請人らの再抗弁

被申請人の抗弁(一)に対し、旧協定について期間の定めがないとしても、右抗弁に対する認否(第二・三・1・(一))で述べたような労働慣行があるから、旧協定の解約予告は権利濫用として無効である。

四 再抗弁に対する被申請人の認否

再抗弁事実は否認。

第三疎明<省略>

理由

一 申請の理由1・2の事実は当事者間に争いがない。

被申請人は、旧協定は失効し、申請人らに対しては新規程に基づいて算定された賃金が支払われるべきであると主張するので、この点について順次判断する。

二 まず、申請人らが、被申請人主張の前記就業規則に基づく新規程に拘束されるか否かについて検討する。

1 被申請人が、昭和四六年一一月一七日、組合に対し、記名押印した文書で、昭和四七年二月二〇日限り旧協定を解約する旨の予告をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲一号証及び弁論の全趣旨によれば、旧協定には有効期間の定めのないことが認められる。

そうすると、被申請人は、労働組合法一五条三項、四項により、少くとも九〇日前の予告をもつて旧協定を解約することができるのであるから、旧協定は、昭和四七年二月二〇日限り解約になつたといわなければならない。

なお、証人水流添金夫の証言(第一回)及び申請人細見勇夫の本人尋問の結果によれば、賃金に関して労使間に成立した労働協約が被申請人から解約された事実は過去に存在しないことが認められるが、右事実から直ちに、被申請人が新しい賃金に関する協約が成立するまで、旧協定を解約できず、したがつて、新しい賃金協約が成立するまで旧協定が有効に存続する旨の労働慣行が存在していた事実を推認することはできず、他に右慣行の存在を認めるに足りる疎明はない。

また、全疎明によるも、旧協定の解約が権利の濫用となるような事情は認められない。

2 ところで、労働契約の要素をなす賃金に関する事項について労働協約が存在し、後に右協約が解約された場合には、解約以前に締結された組合員の労働契約については、右協約の内容がすでに個々の労働契約の内容をなすに至つているものとみるべきであるから、解約後も使用者において当該労働者の同意を得ることなく一方的に右内容を変更すること(就業規則による場合を含む)は、いわゆる事情変更の法理の適用をみる場合のほか、その変更が労働者に有利であるか否か、あるいは、合理的な理由があるか否かを問わず、許されないと解するのが相当である(なぜならば、契約当事者の一方が、相手方の同意を要せず、契約内容の要素を変更することは、容易に許されないと解すべきであるからである。なお、最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決(民集第二二巻一三号三四五九頁)は、停年制に関する案件であつて、労働契約の要素をなす事項に関するものではないから、本件事案に適切な判例ではない。)。

そして、本件にあつては、右のような事情変更の法理が適用される事情が存在するとの点について、何らの主張もないし、被申請人主張の運賃値上がなされたとしても、それのみをもつて直ちに右事情の変更があつたと認めることもできない。

3 そうだとすると、申請人らは、被申請人が定めた新規程に拘束される理由はなく、被申請人の抗弁(二)はすべて失当である。

三 次に、申請人らが、新規程に基づく賃金による旨を同意したか否か(抗弁(三))について判断する。

1 申請人らが、新規程に基づいて算定された賃金を、昭和四七年三月度以降同年六月度まで異議なく受領した事実は、申請人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2 しかし、一方成立に争いのない疎甲四号証、同三一号証、同三三ないし同三七号証によれば、会社から旧協定の解約が予告された昭和四六年一一月一七日以後、本件仮処分申請(昭和四七年七月一九日)に至るまでの間、何回となく、組合執行委員長名で会社に対し、旧協定に基づく賃金を支払うように申入をしていた事実が認められ、申請人細見勇夫の本人尋問の結果によれば、右のように、組合として会社に対し旧協定に基づく賃金の支払を求めていたので、申請人ら個人としては、個々に賃金を受領する際、特に異議を述べなかつた事実が認められる。

3 そうだとすれば、右1で認定した事実をもつてしては、いまだ申請人らが新規程に基づく賃金によることに同意したものとは認めがたい。

四 そうすると、被申請人は、申請人らに対し、旧協定失効後もなお、旧協定と同一内容の賃金支払義務を免れない。

ところで、申請の理由(第二・一)3・4の事実は被申請人において明らかに争わないから、これを自白したとみなされるので、申請人らは被申請人に対し、それぞれ別紙(一)ないし(三)の各未払賃金額合計の請求権を有する。

五 本件仮処分の必要性についてみるに、申請人細見勇夫の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、申請人らは、いずれも被申請人から支払われる賃金のみによつて生活を維持している労働者である事実が認められ、また、近年物価が急激に上昇していることは公知の事実であり、前項の未払賃金の支払がないまま本案判決の確定を待つていては、その生活上回復し難い損害を受けるおそれのあることが窺われるので、保全の必要性を認めることができる。

六 結び

よつて、申請人らの未払賃金を求める申請はいずれも正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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